歴史好き女子めぐるの『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

津山城

 

一昨日は所用でこんな自然豊かな所に行っていました(●´ω`●)


いやぁ、うちも大して変わらないんですけどね。

もうすぐ収穫の時期ですね(*・ω・*)b♪




そしてそして、折角近くまで行ったので津山城に登って来ました。

 


日本のお城で一番広いと言われている階段。

枡形もここのものが一番大きいらしいです。

何よりも津山城・・・枡形らしき場所が多い気がしました(A;´・ω・)

これは攻められない!!




松尾芭蕉が訪れたのでしょうか?

句碑がありました。

『鐘つかぬ 里は何をか 春のくれ』と彫られています。





備中櫓。

確か津山城は廃城令が出された際に取り壊されているので平成十七年に再建されたものです。

櫓といえば板張りのイメージですが、ここは住居的な役割も果たしていたらしく、畳が敷かれています。

ここに前回、載せたペーパークラフト津山城版が売ってあったのですが、備中松山城がまさに前日出来上がったばかりだったので今回は購入しませんでした(A;´・ω・)



ところで、津山は美作の国・・・ですよね?

何故備中櫓なのでしょう(´・_・`) ?

と、思っていたら国の名前ではなく、鳥取藩主・池田備中守長幸という人の名前が由来になっているそうです。

この人物、初代津山藩主・森忠政の長女が嫁いだ相手であり、その長女・於松が若くして亡くなった後は、忠政の四女・於宮の嫁ぎ先にもなったらしく、忠政にとっては娘二人のお婿さんということになります。

因みに『備中守』というのは役職名です。





天守台。

前述したとおり、廃城令のために取り壊されてしまいましたが、写真は残っていてとても変わった形をしていました。

以前にイベント?か何かの為に建て直されたこともあるらしいですが、あまりにも元の形と違っていた為に再び取り壊されてしまったそうです。




物見櫓か何かのあった石垣の上から。

お城の裏側にあたる場所を一望出来ます。




上に載せた広い階段や枡形が有名な津山城ですが、折角来たなら全部回らねばと裏側にも下りてみました。

・・・石垣がすごいΣ(,,oΔo,,*)

実はこちらが本番なのではないかと思いましたよ!!

右側に下りやすいように新しい階段を取り付けてあるのですが、私は張り切って石の階段を下りてみました。

・・・後悔しました。

短足にはきつい段差でした(´・_・`)








津山城は戦に使われた事がありませんが、ここを攻めるのは大変だろうなぁ・・・(A;´・ω・)

それくらい鉄壁の守りでした。

他のお城では見られない枡形の数・・・。

そして石垣の積み上げ具合・・・。

こんな立派な石垣なかなかありませんよ!!

こちらに来ると沢山いた観光客の姿を見なくなったので、皆さん有名な場所だけを見て満足されているのかなぁと思いましたが、裏側も見なければ勿体ないですよ!!

もっと本や雑誌などでも裏の石垣も載せて欲しいなぁなんて思いました(*・ω・*)b