歴史好き女子の『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

出雲街道を歩く ~勝間田宿~

お久しぶりです。長らく書けていなかった11月のブログの続きです。

勝負事・合格祈願に持ってこい!?勝つしかない神社

金時さんが祀られている神社から歩いて川を渡り…

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少し広めの川と土手に青春を感じて軽くときめきました。笑
勝手に『金八先生症候群』と呼んでいます。

やって来たのは勝間田神社さんでした。
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この神社、岡山県田郡央町間田にある間田神社ということで、なんと『勝』という文字が4つも登場するなんとも勝負運がもらえそうな神社さんなのです。
私が行ったのは昨年の11月だったので(ブログサボりすぎですね…)近所の親子連れが沢山来ていて、ドングリを拾ったりして境内で遊んでいました。
そんなわけでどう写真を撮っても人が写り込んでしまったので写真は引きのものを載せておきます。
私の従姉妹も絶賛大学受験中のため、鬼気迫る感じで願い事をしてきました。
あとは彼女の努力を信じるとしましょう。

勝間田宿を歩く

勝間田神社を出て、目の前の道が出雲街道です。と、いうわけでここから出雲街道を歩き、宿の一つ、勝間田宿を散策することにしました。
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勝間田神社から少し歩くと、馬つなぎ場跡の柱を発見。
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勝間田宿には常時2頭の馬がいたそうです。

道を少し入った所に下山本陣を発見。
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勝間田宿には参勤交代などに際に大名やお供に人達が泊まる本陣が2つあり、この下山本陣はその1つです。津山藩主専用の本陣として使用されたそうです。下山本陣は、勝間田宿が賑わっていた当時はこのお隣にある真福寺さんと街道に挟まれた広い敷地を有していたそうですが、今は一部を残すのみで街道沿いにはなく、少し道を入らないと見ることはできません。
もう1つの本陣は後から出てくるので、その時に紹介します。
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今残っている建物は下山本陣の一角にあった茶室で、往事の面影を残しており、伝統的な建物として保存されているそうです。

さて、出雲街道に戻り、散策を続けます。
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昔の面影を感じる建物に、竹に模様が彫られた飾りが並んでいました。ライトアップしたら綺麗でしょうね。

その向かい辺りに西洋風の建物を発見。
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こちらは郷土美術館らしです。私が行った日は生憎お休みだったようで、入ることは出来ませんでした。
元々は勝田郡役所として使われていた建物のようで、明治45年に作られたものだそうです。
こういう明治辺りに建てられた西洋風の建物ってそそられますよね。西洋を意識しているから日本らしくないのだけれど、何故か街の雰囲気になじんでいる感じが好きです。
ちなみに、この建物が建てられる前は木村脇本陣という場所だったらしく、勝間田宿にあったもう1つの本陣、木村本陣だけでは宿泊出来ない場合の予備施設として使われていたようです。

こちらには番所跡を発見。
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結構細々とどこに何があったのか示してくれているので有り難いです。
番所は宿場の警備や見張りなどをする役人がいた所です。交番みたいな感じですかね。

少し開けた場所に鯉が泳ぐ池とその上を渡る橋を発見。
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ん…?奥をよく見てみると、あの有名人らしき人影(?)が…

やっぱり!!熊にまたがりお馬の稽古中の金太郎さんでした!!
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故郷の足柄山の方を見ているのでしょうか?
勝央町は金太郎が大人になった坂田金時が亡くなった場所ですが、やっぱり金太郎といえばこの格好ですよね。

すぐ側には出雲街道と勝間田宿の説明書きがありました。
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地図もあり、どこに何があるか分かりやすく示されています。これを写真に収めてこの後の散策の参考にさせてもらいました。

やっともう1つの本陣、木村本陣に辿り着きました。
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こちらの本陣には主に松江藩主や勝山藩主が宿泊していたそうです。
建物は残っておらず、この柱だけがここに本陣があったことを示していました。

足下で金太郎さんと再会です。
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可愛くてこれは踏めない!!笑

出雲街道からまた少し外れて、これまた超有名人の縁の場所へ。
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江戸時代に日本全国を回って測量し、正確な日本地図を作成した伊能忠敬がここ、勝間田宿の庄屋・岡富右衛門宅に宿泊し、ここで天体観測を実施して勝間田の緯度を計測したそうです。その際に出された緯度35.2はほぼ正確というのですから、驚きですよね。

この古い建物は銭屋と言って出雲街道を南北に挟むようにしてあり、街道の素封家(大金持ち)だったそうです。
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確かに立派な建物。財力がなければこんな家建てられるはずがありませんよね。
こちらの北銭屋は劇作家の額田六福という方の生家らしいです。

高札場。

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幕府や領主が決めた法度やお触れを人目に付くよう高く掲げておく場所です。
宿場町のどちらかの端(出入り口)にあるイメージがあるので、勝間田宿はここまでかな。

更に少し歩いた所に当時を思わせる灯籠が残っているとの事だったので、行ってみました。
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道が入り組んだところにあり、今でもある意味ここを行き交う人達を見守ってくれているのかも!?なんて思ってみたり。

やっと勝間田宿の事を簡単にですが書くことができました。
結構街道を歩くの好きで、一時期中山道を真面目に歩いていたこともあったので、コロナが落ち着いたらまた街道歩きもしたいです。

初日の出2022

遅ればせながら、2022年になりましたね。
今年は完全に寝正月でした。箱根駅伝を初めてまともに見たのではないだろうかと思うくらい家でゴロゴロしながら過ごしていました。

正直、昨年は11月の下旬辺りから立て続きにショックな事があり、いっそのこと記憶喪失にでもなればいいのになぁ、なんて思っていました。いや、まだあまり立ち直れたとは言えません。そんなわけで新年のご挨拶が出来ないですが…今年は少しでも明るくなれる年になれば良いなぁと願っているところです。

 

さて、そんな感じで気持ちを2021年に残したままの様な状態の私ですが、初日の出を見に行くくらいは許されたい…と行ってきました。
正直、家や宿泊先から初日の出を見ることはあっても、わざわざ初日の出を見に行くというのは初めてのことでした。それくらい、少々強引にでも気分を上に向けていきたいのです。

そんなわけで瀬戸大橋の見える鷲羽山展望台に上ってきました。

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私たちが展望台の駐車場に着いたのは6時半頃だったと思うのですが、既に車でいっぱいの状態でした。なんとか駐車出来て良かった。
朝日が出そうな場所に丁度雲がかかっていたので、綺麗に見られるかな?とそわそわしながらその時を待ちました。

7時20分頃だったかな?日の出じゃーーーーーーー!!!
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一斉になり始めるシャッター音。笑
別にこの日でなくても、天気が良い日にここに来ればこの日の出を拝むことができるのでしょうが、やっぱり初日の出は特別感がありますね。

雲の上に顔をのぞかせてからは昇ってくるのがあっという間だった気がします。
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海・島・雲・そして日の出。最高の組み合わせじゃありませんか?
雲は正直日の出前はなくならないかな?なんて思っていましたが、光が反射してとても綺麗でした。

よく見ると初日の出と瀬戸大橋のコラボレーション。笑f:id:kurohirame:20220106200327j:image一緒に画面におさめるにはこの場所からだとちょっと距離がありました。

初日の出に照らされた瀬戸大橋。なかなか良いかも。

f:id:kurohirame:20220106200359j:image1年の始まりに良い経験が出来ました。

実は、私の誕生日が大晦日ということで、一緒に初日の出を見に行った子から誕生日プレゼントをもらいました。

f:id:kurohirame:20220106200805j:image私の大好きなスナフキンが付いたがま口のお財布。しかも革製品で有名なkisoraとのコラボ商品!!嬉しい!!!
親子がま口と言うのかな?中にももう一つがま口が付いていて、二重になっていました。使うのが勿体ないけれど、可愛すぎてすっかりお気に入りになってしまったので、沢山持ち歩こうと思います。

今年は昨年よりブログの更新頻度を上げたいなぁ…。まずは昨年書き切れていないことから。

坂田金時(金太郎)最期の地へ

岡山県といえば桃太郎をまず思い浮かべる人が多いと思うのですが、実は金太郎にも縁があるって知っていましたか?
某携帯会社のCMでも有名な三太郎のうちの2人が関係しているなんて、日本広しといえど岡山県くらいのものでは。
ちなみに、浦島太郎はお隣の香川県に伝承があるみたいですね。日本のヒーローが見事のこの辺りに集っているのは意外ですよね。笑

と、いうわけで今日は昔話『金太郎』のモデルになり、実在したと言われる坂田金時のお話です。

この日やって来たのは岡山県の北部にある勝央町

www.town.shoo.lg.jp

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目的地には車を駐められる場所がなく、近くの町役場や図書館などの施設が集まっている所の駐車場に駐めさせてもらいました。
町役場にいた勝央町のマスコットキャラクター『きんとくん』。流石、こちらの方では桃太郎よりも金太郎がメジャーなようです。しかも、勝央町の名前から『勝』という時を甲に付けているのが文字的にもデザイン的にもとても似合っていますよね。かわいい。

こんな季節ですが、道沿いにある桜の木にはなんと花が咲いていました。
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これだけ見ると春に行ったようですが、つい最近です。笑

金太郎と言えば、静岡県の足柄山で熊や動物たちと相撲を取ったというイメージですよね。
では、私が訪れた岡山県勝央町とどんな縁があるかと言いますと、タイトルの通り、坂田金時が亡くなったとされる場所がここ、今の勝央町なのです。

と、いうわけで目的の場所は坂田金時が眠ると言われている栗柄神社さんを目指しました。
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道沿いに分かりやすく看板が建てられていました。有り難い。

役場や図書館から歩いて少し、小高い場所に栗柄神社さんはありました。
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思っていたよりもずっとこぢんまりとした祠に近い感じの印象を受ける可愛らしい神社さんでした。

神社から見下ろすと、すぐ目の前は高速道路でした。
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えらい現代チックなものを見下ろしているなぁ…なんて。笑

金太郎は足柄山で鉞を担いで熊にまたがりお馬の稽古をしていた頃にお侍さんに強さを見込まれて京へ。坂田金時という立派な侍になりました。これが大体子ども向けの昔話の絵本に描かれている内容ですよね。
実際は…といっても実在したかも曖昧なのですが、天延4(976)年、金太郎は源頼光という武将と出会い、その力量を認められて家来となりました。この時に名前も坂田金時と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となったそうです。頼光四天王は『酒呑童子』退治で有名ですよね。
坂田金時は、寛弘8(1012)年の冬、九州の賊を征伐するため北九州へ向かう途中に雪と寒さで勝央町に暫く滞在。この辺りは岡山県の北部とあって結構雪が降るイメージです。(私は岡山県南部育ち)
その間に重い熱病に罹ってしまい亡くなりました。
頼光たちが金時を手厚く葬った場所に金時を祀った倶利加羅神社が立てられ、それが今の栗柄神社だそうです。

勝央町では10月中頃に『金時祭』が開催され、実は祖父母がこちらの方に住んでいた関係で、子どもの頃に何度か行ったことがあります。金太郎のパレードとかあったな…とうろ覚えながら記憶があります。花火も凄かったな。
今年もコロナ禍で中止になってしまったみたいですが、また復活したら懐かしさも相まって行ってみたくなりました。

それにしても、子どもの頃からお祭りに行くなど親しんでいたはずなのに、意外にもこの神社を訪れるのは初めてでした。自分でも驚きです。f:id:kurohirame:20211114222144j:image

次回のブログでは引き続きこの近くを通る出雲街道の宿を歩いたので、そちらの模様を紹介したいと思います。