岡山県といえば桃太郎をまず思い浮かべる人が多いと思うのですが、実は金太郎にも縁があるって知っていましたか?
某携帯会社のCMでも有名な三太郎のうちの2人が関係しているなんて、日本広しといえど岡山県くらいのものでは。
ちなみに、浦島太郎はお隣の香川県に伝承があるみたいですね。日本のヒーローが見事のこの辺りに集っているのは意外ですよね。笑
と、いうわけで今日は昔話『金太郎』のモデルになり、実在したと言われる坂田金時のお話です。
目的地には車を駐められる場所がなく、近くの町役場や図書館などの施設が集まっている所の駐車場に駐めさせてもらいました。
町役場にいた勝央町のマスコットキャラクター『きんとくん』。流石、こちらの方では桃太郎よりも金太郎がメジャーなようです。しかも、勝央町の名前から『勝』という時を甲に付けているのが文字的にもデザイン的にもとても似合っていますよね。かわいい。
こんな季節ですが、道沿いにある桜の木にはなんと花が咲いていました。
これだけ見ると春に行ったようですが、つい最近です。笑
金太郎と言えば、静岡県の足柄山で熊や動物たちと相撲を取ったというイメージですよね。
では、私が訪れた岡山県勝央町とどんな縁があるかと言いますと、タイトルの通り、坂田金時が亡くなったとされる場所がここ、今の勝央町なのです。
と、いうわけで目的の場所は坂田金時が眠ると言われている栗柄神社さんを目指しました。
道沿いに分かりやすく看板が建てられていました。有り難い。
役場や図書館から歩いて少し、小高い場所に栗柄神社さんはありました。
思っていたよりもずっとこぢんまりとした祠に近い感じの印象を受ける可愛らしい神社さんでした。
神社から見下ろすと、すぐ目の前は高速道路でした。
えらい現代チックなものを見下ろしているなぁ…なんて。笑
金太郎は足柄山で鉞を担いで熊にまたがりお馬の稽古をしていた頃にお侍さんに強さを見込まれて京へ。坂田金時という立派な侍になりました。これが大体子ども向けの昔話の絵本に描かれている内容ですよね。
実際は…といっても実在したかも曖昧なのですが、天延4(976)年、金太郎は源頼光という武将と出会い、その力量を認められて家来となりました。この時に名前も坂田金時と改名し、京にのぼって頼光四天王の一人となったそうです。頼光四天王は『酒呑童子』退治で有名ですよね。
坂田金時は、寛弘8(1012)年の冬、九州の賊を征伐するため北九州へ向かう途中に雪と寒さで勝央町に暫く滞在。この辺りは岡山県の北部とあって結構雪が降るイメージです。(私は岡山県南部育ち)
その間に重い熱病に罹ってしまい亡くなりました。
頼光たちが金時を手厚く葬った場所に金時を祀った倶利加羅神社が立てられ、それが今の栗柄神社だそうです。
勝央町では10月中頃に『金時祭』が開催され、実は祖父母がこちらの方に住んでいた関係で、子どもの頃に何度か行ったことがあります。金太郎のパレードとかあったな…とうろ覚えながら記憶があります。花火も凄かったな。
今年もコロナ禍で中止になってしまったみたいですが、また復活したら懐かしさも相まって行ってみたくなりました。
それにしても、子どもの頃からお祭りに行くなど親しんでいたはずなのに、意外にもこの神社を訪れるのは初めてでした。自分でも驚きです。
次回のブログでは引き続きこの近くを通る出雲街道の宿を歩いたので、そちらの模様を紹介したいと思います。