歴史好き女子めぐるの『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

【第3回】中山道を歩く①【瀬田唐橋〜草津宿】

今月も中山道を歩いてきました。
江戸時代なら、今頃もっと江戸の近くを歩いていないと、今度の土曜日までにはたどり着けませんね。
文明の利器に感謝感謝です。
 
 
今しがた大河ドラマ西郷どん』の最終回も見終わったことだし、日本を発つ前に中山道旅のブログを書き進めたいと思います。
 
 
前回の終着点、瀬田唐橋からスタートです。
昔は、琵琶湖を歩いて渡れる場所は瀬田唐橋だけだったそうです。
だから、戦の度に焼け落ちていたとか…。
でも、やはり交通の要。その度にかけ直されたそうです。段々と浅瀬にかけられ…。
今の場所に橋を架けたのは織田信長らしいです。しかも、3ヶ月で造らせたそうです。
 
 
瀬田唐橋からの景色。
写真が小さくて見えないかもですが、遠くに見える山には雪が積もっているのが見えました。
思い出す去年の比叡山延暦寺でホワイトクリスマスイブ…。

 
瀬田唐橋の昔話を紹介するパネルを発見。
初めて聞く昔話でした。俵藤太の話。聞いたことありますか?
昔、瀬田唐橋に大蛇が横たわり、誰もが恐れて近寄らないところを、俵藤太がその大蛇を踏みつけて渡ったそうです。実はそれは神様で…勇気のある俵藤太の力を借りて、三上山の大ムカデを退治するという話。その大ムカデは三上山の7周半もの大きさだったとか。
すごい昔話だなぁ…と思っていたら、実は俵藤太には、モデルになった人がいるそう。
桃太郎とか、金太郎とか、一寸法師みたいな感じの昔話なのでしょうね。
 
 
今は使われていないそうですが、琵琶湖の水位を測っていた場所。
 
滋賀県民はもちろん、琵琶湖の水で生きている京都府民もめっちゃ気にしてます!!水位!!
 
 
 
瀬田唐橋を渡りきったところに、橋に関する歴史の看板がありました。
壬申の乱の頃からすでにあったんですね…。
今はイルミネーションが楽しめるみたいです。昼間だと電飾がジャラジャラで看板読みづらい…。
 
 
 
瀬田唐橋の隣には、俵藤太を祀った(だったかな?うろ覚え)お寺の石碑が建っていました。
ここから早速中山道を外れてお昼ご飯の場所へと移動しました。
着いて早々まだ橋渡っただけなのに。
場所の関係で仕方がない。
 
 
 
お弁当を食べる場所もかなり有名な場所で、たくさん写真を撮ってしまったので次のブログで紹介します。
こんな調子でちゃんと書ききれるのでしょうか。
できる限り頑張るので、いつも通り気長に見ていただけると嬉しいです。