歴史好き女子の『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

【第2回】中山道を歩く⑧【山科〜瀬田唐橋】

12月の中山道旅もだんだんと迫ってきたので、大慌てで書きたいと思います!!
このブログ記事を含めてあと2つ…お付き合いください。
 
 
 
義仲寺さんを出て、今日のブログは変わった信号からスタートです。
四方に赤信号だけが付いている…初めて見ました。どう見ればいいんだろう?
 
 

膳所城の城下町へと入っていきます。

ここからは城下町らしいくねくねとした道と枡形、神社だらけでした。
 
 
岩坐神社さん。
 
 
 

響忍寺さん。

 
 
 

この門が確か膳所城のだったかな。

歩いてしばらく経つので薄れていく記憶…。
 
 
 

和田神社さん。

ここは中へとお邪魔します。
 
 

とても立派な神社さんでした。

本殿は鎌倉時代のもので、重要文化財に指定されているそうです。
ここにある大イチョウは、関ヶ原の戦いで敗れた石田三成が京へ護送される途中で繋がれたといわれているそうです。
 
 
これがその大イチョウ
繋がれて座らされていたとしたら、ちょうどベンチの背もたれくらいの高さでしょうか。
立たされていたら…と、大イチョウを背に立ったりしゃがんだりの不審者行動をしてしまいました。
どんな景色を見たのだろう…と、その人の側に立ってみたくなるのが歴史好きの性分ですよね。
 
 
ずっとここで歴史の流れを静かに見守っているんだろうなぁ、と思わせる立派な木でした。
残念ながら、私が行った時はまだ葉っぱが緑でした。
神社は防火のために立派なイチョウの木があるところが多いので、秋に行くのは好きです。
 
 
参拝もして…
境内をぐるりと一周して中山道の旅を続けます。
 
 
途中でステキなお店を発見!!
昔っぽい感じとごった煮な感じが可愛い。
1人で歩いていたら、きっと思わず立ち寄っていました。笑
 
 
膳所城主の菩提寺を右手に見ながら進みます。

 

 

 

この辺りはずっと住宅地の中を歩き、たまに神社を見て…という感じで進んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
あまり覚えていなくて、内容がうすーくなってしまったので、膳所城についてうろ覚え書き。
パソコンを開いた時に調べなおすので、とりあえず私の記憶にお付き合いください。
 
 
 
大津城に変わって水城として作られた膳所城。1601年(元号は忘れました)から明治維新まで存在していたそうです。
歩いていて、その広さと大きな枡形に、立派なお城だったことを感じさせられました。
あー、見たかった…。
 
 
さぁ、やっとこさ第2回中山道の旅は次がラストです!!
書くぞー!!
 
 
 
つづく