歴史好き女子めぐるの『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

二刀流の剣豪が生まれた町

折角の三連休、台風の影響で初日から雨模様ですね。

これから風も出てくるのでしょうか。

気を付けなけばなりませんね!!

 

 

さて、今日は今でいう岡山県出身(の説がある)有名な剣豪のお話です。

二刀流で名を馳せたのはこの人の他にいないのではないでしょうか。

剣術家としてだけでなく、『五輪書』の著者としてや水墨画などの芸術作品を遺していることでも有名な宮本武蔵です。

 

 

画像はお借りしました・・・。

大河では市川海老蔵(当時は市川新之助)さんが演じられていました。

このドラマ、確か『新選組!』の前年でしたね。

 

 

ご本人は五輪書のなかで播磨の生まれだと書いているそうですが、吉川英治の小説で岡山県大原町(今の美作市)出身説が有名になりました。

確か大河ドラマ吉川英治の作品が原作なので大原の生まれという事になっていましたね。

その影響か、いまでは美作市には『宮本武蔵駅』や『武蔵の里』があり、宮本武蔵でかなり観光地化されています。

 

 

 

 

 

 

こちらがその『宮本武蔵駅』です。

宮本武蔵ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどに宮本武蔵でした。

写真は今年のお盆に行った時のものです。

最近、宮本武蔵が出てくる作品を見た気がしないのですが、それでも他県の車ナンバーも駐車場に沢山並んでいました。

(電車の便が少ないので、車移動の方が多いみたいです。私も車で行きました)

 

 

お昼ごろに着いたので、お腹をすかせて早速武蔵の里にある有名なたけぞう茶屋へ。

 

 

ちゃんと武蔵のポスターが貼ってありました。

懐かしい・・・。もう10年以上も前なのですね!!

 

 

そして気になった『二刀流麺』を注文。

写真で分かるでしょうか。半分はうどん、半分は蕎麦で上には山菜などがのっています。

 

 

二刀流麺の食べ方はこちら。

お箸が二膳ついているので、小さい頃挑戦して怒られた人が多いであろう、あの両手で箸を持って食べるに堂々と挑戦できるのです。

因みに私は両利きなので、麺をつかむのにはあまり困りませんでしたが、口に頬張るのが大変でした。笑

 

 

このお店には鷹かな?鷲かな?が飼われていました。

 

 

 

 

宮本武蔵の生家跡。

武蔵は17歳まで宮本村に住んでいました。生家跡の横には生誕地碑が建てられその文字は旧熊本藩主細川護成候の書いたものです。(『武蔵の里』パンフレットより)

 

 

平尾家。

武蔵のお姉さんの嫁ぎ先で母屋は200年前のまま残っています。(『武蔵の里』パンフレットより)

 

 

このどちらも、今でも人が住まれているようで、決まったところからは入れないようになっていました。

それでもこうして外から見学させてもらえるという有難さ。

 

 

武蔵神社。

武蔵を祀った神社で武蔵のお墓もこちらにあります。境内のどこかにハート型があります。ぜひ探してみてください。(『武蔵の里』パンフレットより)

 

 

お墓は毎度のことながらこちらには載せませんが、ハート形はちゃんと見つけてきました。

それがこちら。

 

分かりますか?

このハートマーク、ある時自然と浮き上がってきたそうで、見つけると恋愛成就らしいですよ。

 

 

お墓の方は、宮本武蔵は今の熊本県で亡くなったはず・・・と、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、説明看板には宮本武蔵が亡くなって九年後に養子の伊織が武蔵の里に魂を帰すために平田家の墓地に分骨したと伝えられる、と書かれていました。

 

 

讃甘神社。

武蔵が二刀流のヒントを得たと言われている神社だそうです。

 

 

 

流石というかやっぱりというか・・・立派な道場がありました。

その名も『武蔵道場』。

ここで稽古をしたらなんだか強くなれそうですね。

 

 

その横には、いらっしゃいました。

勇ましい勇ましい宮本武蔵像!!

二刀流の姿で像になっているのなんて、宮本武蔵くらいのものなので、すぐに分かりますね。

 

 

この奥の武蔵資料館にもお邪魔してきました。

複製のものが多かったものの、宮本武蔵に関するものがこれだけギュッと集まって一挙に見られるのはここくらいではないでしょうか。

 

 

しっかり武蔵を満喫した1日でした。