歴史好き女子めぐるの『おでかけ日和』

史跡や歴史的建造物、寺社仏閣をメインに旅している歴史好き系カメラ女子のブログです。はてなブログ2019.10.14~

萬翠荘(ばんすいそう)

さて、旅の続きです。

坂の上の雲ミュージアム』を出た私は、気になるあの建物へと足を運びました。

そう、木の上から屋根の辺りがちらっと見えていた萬翠荘(ばんすいそう)です。

 

 

『ばんすいそう』と打って予測変換すると『晩吹奏』になってしまって変換面倒くさいな・・・と密かに今思っております・・・。

それにしても、素敵な建物ですよね。

坂の上の雲ミュージアム』を出た所で声をかけてくださったボランティアガイドさんと一緒に入りました。

この建物、1階だけなら無料で拝観できるそうですが、折角なので2階にも行ってきました。

 

 

 

萬翠荘を知らない方の為に簡単に。

萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった定謨伯爵好みの、純フランス風の建物は、当時最高の社交の場として各界名士が集まり、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られたところであります。また、裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせ、完成を急がせたとも伝えられております。
萬翠荘は戦禍を免れ、建築当時の様子をそのまま残す貴重な建築物として、昭和60年(1985年)に愛媛県指定有形文化財となりました。
その後、平成23年(2011年11月29日)に萬翠荘本館と管理人舎の2棟が国重要文化財に指定されています。

建築その物も美術品ですが現在は、絵画、掛け軸、伝統芸術品、各種イベント、個展を随時行っています。 同敷地内には愚陀佛庵があり句会が行われておりましたが、平成22年7月の土砂崩れにより全壊し、現在は跡地のみとなっております。(萬翠荘ホームページより)

 

 

 

外観からも分かるように、洋風の建物。(出入り口の所の柱は確かコリント式と言われていたような・・・。世界史の古代ギリシャのところで習った思い出。懐かしい・・・)

でも、この建物の建設に携わったのは全員日本人だったそうです。

一番のビックリポイントでした!!

 

 

設計者は代々宮大工の家系に生まれて東京帝国大学建築科を卒業したという木子七郎さん。奥さんが愛媛出身だったという御縁で設計を頼まれたのだとか。

木子さんは他にも東京放送局愛宕山放送所、東郷侯爵目黒本邸、大阪国技館、そして日本の赤十字病院の大部分を設計しているらしです。

 

 

 

 

それからこの2枚の壁画。誰が描いたか分かりますか?

因みに上の絵は忘れてしまいましたが、下の絵は横浜を描いているそうです。

私はヒントを見て思わずえぇっ!?と声をあげた後、笑ってしまいました。

 

 

そのヒントは恐らく皆さん見たことのあるデザイン。

 

 

 

そう、これです。

 

 

森永のミルクキャラメルのこのデザインを描いた八木彩霞さんが描かれたそうです。

八木さんも松山出身でそれが御縁だったみたいですね。

 

 

 

このステンドグラスも日本人の作品。

名前は忘れてしまいましたが・・・。

流石にこのようなガラスは当時日本では作られていなかったそうで、ガラス自体は海外からの輸入らしいです。

作れないのにこんな細かな加工が出来るのは不思議な気もしますが・・・凄いですよね!!

そして、このステンドグラス、結構高い位置にあって、メインの船を見ようと思うと1階からでは結構見上げるし階段からでは近すぎるし・・・という状態だったのですが、どこから見るべきものなのかもちゃんと教えていただきました。

 

 

この部屋らしいです。

お客様から一番よく見えるようにと設計されたと教えていただきました。

私が遠慮がちにソファの端に座って撮ったので微妙かもしれませんが、ソファの真ん中に座れば丁度ステンドグラスの正面になります。

 

 

ステンドグラスの船の部分をアップにするとこんな感じ。

船のデザインもですが、波も細かいですよね。

波に青系統の色だけではなく、オレンジっぽい色も混ざっているのは船が水面に映っているところを表現しているのかな!?と、思うのですがいかがでしょう。

 

 

 

調度品もおしゃれ。

この部屋だったか隣の部屋だったかでここを訪れた際に昭和天皇が朝食を召し上がっていたそうです。

 

 

このシャンデリアは全て本物の水晶で作られているそうで、まさかのパワースポット状態に!!

心なしかここに人が集まって椅子などに座って寛いでいた気がします。

撮り忘れたので写真はないのですが、このお部屋、不思議なボタンが壁にありました。それは電気のスイッチではなく・・・人を呼ぶための呼び鈴だったそうです。

なんとなく昔のお屋敷で人を呼ぶのってベルを鳴らすか壁からぶら下がっている紐を引っ張るイメージだったのですが、ここは近代的でした!!

しかも、呼ばれている方は壁にある数字の板が動いてどこで呼ばれているか分かる仕組みになっているそうです。

よく考えられているなぁ・・・。

 

 

と、ここまでの情報は全てボランティアガイドさんに教えていただきました。

まだまだ教えてもらったことはあるのですが、書ききれないのと申し訳ない事に情報量が多くて私がうろ覚えなのとで割愛します。

最近、ここの関係者の(木子さんだったかな!?)シルクハットが帽子用の箱に入った綺麗な状態で見つかったと嬉しそうに資料を見せていただいたのはよく覚えております。

でも人は覚えていないという・・・。私にとって新しい登場人物が多かったもので。

 

 

もともと、ボランティアガイドさんに案内してもらったり、色々教えていただくの大好きなのですが、やっぱり好きだなぁとここでお世話になったボランティアガイドさんを見て改めて思いました顔

見ただけでは分からない事が分かったり、自分では気付けなかったであろう事に気付けたり、本当に楽しい。

それに、説明している時の表情がとても生き生きしていて、本当に好きでされているんだろうなぁというのが伝わってきて、こっちが嬉しくなってしまうので。

暑い時でも寒い時でも観光地にはよくいらっしゃるボランティアガイドさん。おじいちゃんおばあちゃんが多いので、辛い天気の時もあるでしょうに、本当に至る所で毎度お世話になっております。

尊敬する方々です。

私も年を取って退職したらやりたいなぁ・・・。

50年後くらいにはどこかの観光地にいるかもしれません。

 

 

 

そうそう、松山って『俳句の聖地』でもあるんですね!!

知らなかった・・・。言われてみれば正岡子規柳原極堂に・・・あ、納得。

町の至る所で俳句の彫られた石碑を見かけました。

そして柳原極堂が創刊した『ホトトギス』がまだ発刊されているということも初めて知りました・・・ゴメンナサイ・・・。

 

 

とってもとっても素敵なところ、萬翠荘でした。

 

 

ボランティアガイドさんに教えてもらってとある場所に歩いて移動中、やっと見かけました坊ちゃん電車。

 

 

可愛い。