明日の準備もそこそこにブログを連投するので最後までお付き合いくださいませ。
中央公園の山縣有朋
同じく中央公園の久坂玄瑞
・・・またE.T.してきました(笑)
以上、近くにある銅像を色々なパターンでお送りしました☆
高杉晋作誕生地
高杉さん家にお宅訪問~♪
・・・私がこの日行った場所で一番人口密度が多かったのではないでしょか(A;´・ω・)
流石高杉さん・・・大人気です・・・。
どこを撮っても人が入ってしまい、顔を隠す作業が非常に面倒くさいので建物ではなくそこにあった石碑を・・・。
庭から見て回ったのですが、そこに沢山展示品もあって、高杉さんが過ごした家と共に楽しんできました(●´ω`●)
人が少ない時期に行ってもう一度今度はゆっくり見たい場所です。
木の陰に隠れてひっそりと(笑)
田中義一誕生地
近くに銅像もあったみたいですが、そちらまで足を運ぶ余裕がありませんでした(´・_・`)
歩いていると、あれ?地元?と思う風景がちらほら。
倉敷と萩、この辺りの街並みは結構似ています(●´ω`●)
倉敷は城下町ではないけれど。
今度は木戸孝允誕生地にお宅訪問♪
ここも人が多くて・・・やっと人が入らない写真が撮れたと思ったらとんでもないアングルでした(´・_・`)
まぁ、雰囲気だけでもということで(´・_・`)
何故か井戸の上に夏ミカンが置いてあったのは可愛かった(●´ω`●)
ここからなら・・・と外から。
この時代には珍しいであろう外に一旦出ずにお風呂に行けてしまう立派な家でした。
高杉さんが幼い頃度胸試しに訪れた円政寺。
伊藤博文はここの住職に読み書きを教わっていたんでしたっけ。
確かに天狗のお面がかかっていたし、度胸試しにはもってこいかも・・・。
夜は絶対に怖いですよね(((ノ)゚Д゚(ヽ))))
まだまだ行きたい所が沢山あったのですが、時間も時間だったので一旦車を走らせて萩城へ。
右端に見える出っ張った部分が天守台です。
天守閣が前衛にあるって・・・珍しい気が・・・。
江戸時代になってから建てられたものだからかな?
明倫館にあったという万歳橋
これも有備館の周辺を復元する際にはあちらに戻されるのかな?
(詳しい話は前回のブログで・・・)
楫取素彦寄進の井戸
ここの神社が建立された明治十二年に送られたそうです。
その頃だったら楫取さんは群馬県令かな。
石垣のどこからでも登れるって面白いですよね(●´ω`●)
どこからでも外の様子を偵察できるし、攻撃できる!!
石垣の上から
落ちないようにと若干ビクビクしながらもしっかり石垣のギリギリまで覗きに行くのが私です(笑)
柵をしていない所がいい!!
奥に見える高い石垣は天守台。
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
もうこの辺りに来ると歩くのに・・・いや、立っているのに必死で・・・(A;´・ω・)
ぜーぜーひーひー言いながらこの後もまだ歩き回っているので次の記事でそれを書いて最後にしますヾ(。´・ェ・`。)